名古屋高等裁判所金沢支部 昭和60年(ネ)168号 判決 1987年8月31日
昭和六〇年(ネ)第一六八号事件控訴人
同年(ネ)第一六二号事件被控訴人
第一審原告(反訴被告) 東勝善
右訴訟代理人弁護士 佐藤辰弥
同 折田泰宏
昭和六〇年(ネ)第一六二号事件控訴人
同年(ネ)第一六八号事件被控訴人
第一審被告(反訴原告) 株式会社 セントラルファイナンス
右代表者代表取締役 廣澤金久
右訴訟代理人弁護士 岡田義明
同 北川忠夫
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 第一審原告の第一審被告に対する昭和五七年九月一八日付クレジット契約に基づく立替払債務の存在しないことを確認する。
三 同原告の同被告に対する昭和五八年一月五日付クレジット契約に基づく立替払債務は、金二万四八〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月七日から完済まで年二九・二パーセントの割合による金員を上回る部分について存在しないことを確認する。
四 同原告は同被告に対し、金二万四八〇〇円及びこれに対する同年九月七日から完済まで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。
五 同原告のその余の本訴請求、同被告のその余の反訴請求は、いずれもこれを棄却する。
六 訴訟費用は、第一・二審とも本訴・反訴を通じて一〇分し、その九を同被告の負担、その余を同原告の負担とする。
七 この判決は四項について仮に執行することができる。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 第一審原告
(一) 原判決中同原告敗訴部分を取消す。
(二) 同原告の同被告に対する昭和五七年九月一八日付クレジット契約に基づく立替払債務の存在しないことを確認する。
(三) 同被告の反訴請求を棄却する。
(四) 同被告の本件控訴を棄却する。
(五) 訴訟費用は第一・二審とも本訴・反訴を通じて同被告の負担とする。
2 第一審被告
(一) 原判決を次のとおり変更する。
同原告の本訴請求を棄却する。
同原告は同被告に対し、金三一万三一〇〇円及び内金一四万一四〇〇円に対する昭和五九年六月七日から、内金一七万一七〇〇円に対する同年九月七日から各完済まで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。
(二) 同原告の本件控訴を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一・二審とも本訴・反訴を通じて同原告の負担とする。
(四) この判決は(一)項三段目について仮に執行することができる。
二 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるので、これを引用する。
1 第一審原告の主張
(一) 販売店と信販会社との間に締結される加盟店契約では、販売店が商品を販売する際に消費者に代って信販会社が継続的に立替払すること、販売店が割賦販売する場合は信販会社の指定する契約書類を使用すること、販売店が販売した商品の所有権は信販会社に移転すること、販売店と信販会社は販売促進のため緊密な連携関係を保ち、相互に協力すべきことなどが定められており、加盟店契約は、商品を販売してその代金を回収するという目的の下に、継続的に販売店と信販会社が経済的一体性を保つという意義をもつ。そして、販売店が信販会社の業務を代行し、顧客の撰択、立替払契約書の作成等は全て販売店に委ねられ、買主に対しては販売店が信販会社の窓口としての機能を果しており、信販会社として独自にする作業は、単に顧客がブラックリストにあがっていないか確認したり、あるいは契約意思の確認のため簡単な事項を電話で確認するだけである。消費者にとって直接交渉するのは販売店の担当者だけであり、消費者は、右担当者から一通の契約書を示され立替払契約の申込をするのであるが、その際担当者から信販会社の存在等につき説明を受けるわけでもなく、単に販売店との間で月賦払の約束をした位にしか意識していない。このように、販売店と信販会社とは社会経済的にも密接不可分な関係にあり、消費者が販売店に対し主張しうる抗弁を、信販会社は独自の主体であることを理由に、その主張を拒絶することは許されない。しかも、信販会社は、経済的一体性を保つ販売店の活動によって莫大な利益を享受しているにも拘わらず、販売店の活動によって生じた損失の分担の問題となったとき、急に販売店とは別個の存在であり抗弁の対抗を許さないとするのは、いかにも信義則に反するといえる。
(二) 信販会社は、加盟店契約により密接不可分の関係に立つ販売店の活動により利得を得ることができるから、自らが利用する販売店が違法・不当な商行為をしないかを監視すべき信義則上の義務がある。実際問題としても、信販会社は、加盟店契約により販売店と継続的な関係を保つ故に販売店の商行為を容易に監視できるし、そのため法律経済面の顧問がおり専門的な教養を備えた社員を擁していることから、容易にその実をあげることができるのに対し、消費者は、販売店と単発的個別的に接触するだけであり、販売店の経営内容や商行為の内容などは知る由もないし、商品やサービスの内容を的確に理解検討しうる教養や法的知識などを有しない。しかるに、第一審被告福井営業所長の葛原憲二は、有限会社貴晶の代表者らから甲第二、第三号証のしおり並びに第一〇、第一一号証のピラミッド型の図面を示されて、貴晶の商法の仕組みについて十分な説明を受け、それに疑念を抱いていたのに、営業優先の考えから中味につき検討することもなく安易に貴晶との間で加盟店契約を締結したうえ、第一審原告らが損害を受けることを知りながら、約八五〇件もの立替払契約を締結していたのである。同被告は立替金を出捐させられた被害者であると主張するが、それは、悪徳商法に積極的に加担したことにより生じた被害、自ら招いた危険ともいうべきものであり、同被告はまさに儲けそこなった加害者といわざるを得ないのである。このように、同被告は、同原告と貴晶との本件各売買契約の公序良俗違反性を知りながら、同原告との間で本件各立替払契約を締結したのであるから、本件各立替払契約もまた公序良俗に違反し無効というべきである。
2 第一審被告の主張
(一) 売買契約と立替払契約が密接に関係しており一体性があるといえるのは、同一資本系列、メーカー系列あるいは代理店関係などの同系列間の信用供与の場合であって、本件のような全く別個独立主体間には当てはまらない。第一審原告は、売買契約書とは全く別個のクレジット契約書(乙第一、第四号証)に署名捺印しており、担当者からも立替払契約の内容について説明を受け、売買契約と立替払契約が別個の契約であることは十分承知していたはずである。しかも、同原告は、二度にわたり立替払契約を締結し、途中まで分割金の支払を済ませているのであり、立替払契約が売買契約と別契約であることを知らないわけがなく、支払を拒んでいるのは、意図した不法な利得金が入らなくなったからである。
(二) 消費者保護の観点から、販売店に対する抗弁を信販会社に対しても認めるという考え方は、それなりに理屈はあるが、本件の場合はこれと異なり、第一審原告は不当な利得を得るために本件各売買契約を締結したのであって、売買契約に基づく抗弁の対抗を認めることは信義に反するというべきである。同原告は、貴晶との約束どおり新たな会員を募集すれば、利益を得ることができたのであり、いわば加害者になりそこねた被害者である。同原告は、右のような不当な利得を得ることを目的として、本件各売買契約と立替払契約を締結し、自らは商品の購入代金を出捐することなく第一審被告をして出捐させたのであって、同原告と貴晶が意思相通じ同被告を騙したといっても過言ではなく、被害者はむしろ同被告である。同原告が新たな会員を募集できず、利得が得られなかったからといって、被害者と称し、本来別個の契約に基づく立替金の支払を拒むことは、著しく信義に反するというべきである。
(三) 第一審被告は、昭和五七年七月下旬頃貴晶から一人一万円の紹介手数料を出すと聞いていたが、紹介料は直接紹介した人に入ると理解していたのであり、代金が一八万円の商品で荒利が四割から四割五分あるとのことで、一人一万円の紹介手数料は妥当であると思っていた。同被告は、同年八月一〇日頃貴晶から甲第三号証のしおりを示されて、本件売買契約の仕組みの説明を受けたが、煩わしい取引であるからクレジット契約はしない旨申し述べたところ、貴晶は甲第三号証の一一条のような売買はしないと確約した。同被告は、同年八月頃から立替払契約の申込の際、特別契約の有無を問い合わせたが、あると答えた者はなく、更に対面調査もしたが特に問題もなかった。従って、同被告は、貴晶がいわゆるネズミ講的商法を行っていることを知らなかった。ところが、消費者の中から貴晶が約束を履行しないとの苦情が出たことから、同被告は昭和五八年一月福井県生活科学センターで消費者、貴晶と話し合ったが、貴晶が立替金を消費者に代って支払うことで一応の解決がついたので、完全に貴晶と手を切ってしまったのでは解決が困難になると考え、引き続き貴晶との加盟店契約を続行したのである。
三 《証拠関係省略》
理由
一 次の各事実は当事者間で争いがない。
1 第一審被告は立替払等を業とする信販会社である。
2 同被告は昭和五七年九月一八日第一審原告との間で、同原告が有限会社貴晶から購入した印鑑セットの代金一八万円について、同被告が次の約定で立替払する旨のクレジット契約を締結し、同年一〇月五日貴晶に対して右代金の立替払をした。
(一) 同原告は同被告に対し、右立替金一八万円と手数料二万三四〇〇円の合計二〇万三四〇〇円を、昭和五七年一一月から昭和五九年六月まで毎月六日限り、第一回目は一万一五〇〇円、第二回目以降は各一万〇一〇〇円宛二〇回に亘り分割して支払う。
(二) 同原告は、右分割金の支払を遅滞したときは、年二九・二パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
3 同被告は昭和五八年一月五日同原告との間で、同原告が貴晶から購入した呉服の代金一八万円について、同被告が次の約定で立替払する旨のクレジット契約を締結し、同月二五日貴晶に対して右代金の立替払をした。
(一) 同原告は同被告に対し、右立替金一八万円及び手数料二万三四〇〇円の合計二〇万三四〇〇円を、昭和五八年二月から昭和五九年九月まで毎月六日限り、第一回目は一万一五〇〇円、第二回目以降は各一万〇一〇〇円宛二〇回に亘り分割して支払う。
(二) 同原告は、右分割金の支払を遅滞したときは、年二九・二パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
4 ところが、同原告は同被告に対し、前記2の契約につき、昭和五九年六月六日までに元金五万四九八〇円と手数料七〇二〇円の合計六万二〇〇〇円を支払い、また、前記3の契約につき、昭和五九年九月六日までに元金二万八一九〇円と手数料三五一〇円の合計三万一七〇〇円を支払った。
二 貴晶の印鑑セット等の販売方法について
《証拠省略》によると、次の各事実が認められる。
1 第一審被告は昭和五六年六月二二日から、「宝石印鑑の貴晶」の名称で印鑑等の訪問販売業を営んでいた高橋季男との間で加盟店契約を締結し、消費者が高橋(加盟店)から印鑑等の商品を購入した場合に、消費者に代って高橋に商品代金を一括して支払う立替払契約を締結していたが、昭和五七年六月頃までは立替払契約の件数は月一、二件位しかなかった。
2 高橋は同年六月二一日頃木部眞治、青山紘三、町田幸子とともに、有限会社貴晶を設立し、商品販売促進のための方策としてジャパンシステム会を作り、その運営システムを決定して、次のとおり実行することとした。
(一) 貴晶が印鑑三本セット、呉服等の商品を一八万円で販売する。購入者は信販会社との間で立替払契約を締結し、貴晶は信販会社から商品代金の支払を受ける。
(二) 購入者は入会金一〇〇〇円を支払えばジャパン・システム会の会員資格を取得でき、先に会員となった者が先順位者となって後続の会員三名を勧誘してシステム会に入会させれば、広告宣伝費の名目で、三名につき五万円(一人目一万円、二人目一万円、三人目三万円)の還元金が受領でき、更に右会員三名が各別にこれに連鎖する三名の後続会員を勧誘入会させれば合計一五万円の還元金が受領でき、以下同様に五代目の子孫に相当する最高合計会員数三六三名を基準として計算した六〇五万円まで受領できる。
(三) 右印鑑セットは仕入値が一万八〇〇〇円位で、通常の小売店での販売価格は五万円程度のものにすぎず、呉服の仕入値、販売価格もほぼ同額であるが、右印鑑セット、呉服等の商品を一八万円で販売して、通常の販売価格を越える分を運用して還元金の財源に充てる。
3 高橋は同年七月木部、青山らと共に第一審被告福井営業所長の葛原憲二に会い、甲第三号証のしおり(第一一条には、一セットにつき一万円の割合で、直系傍系を問わず紹介系統の五段階まで宣伝費として還元する旨記載されている)、第一〇号証の図表(ピラミッド型の図面に五段階で還元金が六〇五万円になる仕組が書かれている)を示して、前述のジャパン・システム会の運営方法を説明し、有限会社貴晶を設立してこのような方法で印鑑、呉服等を販売したい旨申入れ、了承を得た。そして、有限会社貴晶が同月二二日設立されて高橋がその代表取締役に就任し、その頃同被告は同会社との間で加盟店契約を締結した。
4 右高橋、木部、青山ら(同年七月二二日以降は有限会社貴晶)は、同年六月二二日頃からそれぞれ原始会員となり、前記方式により会員(商品購入者)を募り、商品(その大部分は印鑑セットである)の販売を拡大していったが、販売にあたっては、商品の品質等の説明はほとんどなく、いかにすれば六〇五万円の還元金が入手できるかの仕組みの説明に終始した。貴晶は、このような商法により、一か月平均一〇〇人を越えるシステム会の入会者(商品購入者)を集めた。第一審被告は、右商品購入者の大多数の者と立替払契約を締結し、貴晶に対しては、右商品代金一八万円から信販手数料七パーセントを控除した一六万七四〇〇円を支払い、商品購入者からは、右商品代金一八万円に一三パーセントの手数料二万三四〇〇円を加えた合計二〇万三四〇〇円を、二〇か月の分割払で返済してもらうことにしていた。
5 貴晶は、前述したシステムによる運営(第一期と称していた)を入会者三四六名に達した同年九月三〇日で内容を一部修正し、以後は第二期と称して、還元金の額を子孫会員一名につき一万円、還元金を支払う子孫会員の範囲を四代目まで合計一二〇名、還元金支払最高額を一二〇万円に縮小し、更に、第二期分入会者が四五八名に達した同年一一月一六日頃に再度修正し、以後は第三期と称して還元金支払最高額を七〇万円に縮小したが、第二期、第三期においても第一期以降の会員連鎖は続き、基本的な仕組みは従前と全く同様であり、具体的な会員の募集方法も、第一期同様還元金の支払の説明を中心とするものであって、従前と変わらなかった。
6 しかし、このような商法によりシステム会の会員が増大するにつれて、勧誘を受けた者などが貴晶の商法に疑問を持つようになり、同年一〇月頃から福井県生活科学センターにも問合せがされるようになり、同年一一月一九日には、新聞紙上にも貴晶の商法の問題点が報道されるようになった。葛原も、中日新聞に「マルチ商法まがいの印鑑販売が横行」「もうかる話に注意」の見出しで記事が掲載されているのを見て心配になり、顧問弁護士に相談したところ、同弁護士からも、貴晶の商法には問題があるので貴晶との取引は打切った方がよいと指導を受けた。そこで、葛原は、同年一二月七日貴晶に対して内容証明郵便を発し、貴晶との加盟店契約を同月末日をもって解除する旨通告したが、貴晶から、今加盟店契約を解除されると営業に重大な支障を来たすので、従前どおり契約を継続してほしい旨嘆願された。そこで、葛原は、貴晶との契約を継続して、貴晶に会員に対し還元金を支払わせたほうが、商品購入者(会員)から立替金を回収するのが容易であろうと判断して、貴晶との契約解除を撤回して引き続き取引を継続することとした。
7 しかし、同年一二月頃から会員の間で、「約束どおり還元金がもらえない、騙された」との不満の声が強くなり、入会者が激減すると共に解約者が続出したため、貴晶は、昭和五八年一月二一日頃までに加入した第三期会員二五七名限りで印鑑等の販売を中止した。この間、第一期ないし第三期会員合計約一〇六〇名、商品代金合計約一億八〇〇〇万円に達し、うち第一審被告との間で立替払契約を締結した会員は約八五〇名にも達したが、購入代金一八万円以上の還元金の支払を受けて儲けた者はほとんどなく、数字の上では儲けたことになっている者でも知人の名前を借りて代払している例が多い。
8 第一審原告は、知人から貴晶の商法の説明を受け、還元金にひかれ、昭和五七年九月一八日頃、貴晶との間で印鑑セットを購入する契約を締結するとともにシステム会(第一期)に入会し、貴晶を通じて第一審被告との間で立替払契約を締結し、更に昭和五八年一月五日頃、貴晶との間で呉服を購入する契約を締結してシステム会(第三期)に入会し、貴晶を通じて同被告との間で立替払契約を締結して、いずれもその頃右各商品の引渡を受けた。
以上の各事実が認められる。もっとも、《証拠省略》には、貴晶が販売した印鑑セットと同一のものが一四万円ないし二〇万円で販売されている旨記載されている。しかし、《証拠省略》によると、貴晶は右印鑑セットを約一万八〇〇〇円の安値で仕入れていたのであり、しかも、貴晶は、右印鑑セットを会員に一八万円で販売し、第一審被告からは七パーセントの信販手数料を控除した一六万七四〇〇円を受領し、そのなかから上位の会員に高額の還元金を支払い、右印鑑セットの仕入代、事務所の賃料、人件費その他の諸経費を控除して、なお一〇パーセントの純益が出るものと計算していたと認められるから、右印鑑セットの通常の小売店での販売価格が一四万円ないし二〇万円もするものとは到底認められず、前掲各証拠は採用し難い。
三 貴晶の第一審原告に対する本件印鑑等の売買契約の効力について
1 前記認定事実によると、貴晶と第一審原告間の本件売買契約は、
(一) 貴晶が売主となって、買主である第一審原告に対し、印鑑セット又は呉服を代金各五万円(通常販売価格)で売渡す旨の通常の商品売買契約と、
(二)(1) 右買主が一〇〇〇円の入会金を支払って、売主が運営するジャパン・システム会に入会し、
(2) 右会員となった買主が商品購入の際前記代金五万円のほか、代金名下に更に一三万円(合計一八万円)の原資を売主に支払い、売主は、右買主が後続の商品購入者を勧誘すれば、一定割合の配当金(昭和五七年九月一八日印鑑セット購入契約分については最高限六〇五万円、昭和五八年一月五日呉服購入契約分については最高限七〇万円)を買主に支払う
旨の連鎖型(ネズミ講式)金銭配当契約とが合体していたと認めるのが相当である。第一審被告は、売主から買主に支払われる右配当金は商品販売の手数料或いは宣伝費である旨主張するが、出捐金に対する右配当金額の割合に照らせば、会員の拠出にかかる資金を原資とするネズミ講式の配当金であることが明らかであって、右主張はとうてい採用できない。
2 そして、前記認定事実によると、本件の金銭配当契約は、連鎖型金銭配当組織の一環としてなされたものであり、代金一八万円を負担する購入者が無限に増加することを前提とし、先順位の購入者が後順位の購入者の購入代金名下に提供された原資から自己が支出した原資以上の金銭の配当を受けることを目的とした仕組みであって、商品の販売に名を借りた金銭配当組織であり、無限連鎖講の防止に関する法律により禁止された無限連鎖講の実体を備えるものと解するのが相当である。そうすると、第一審原告と貴晶との間の本件各売買契約のうち、印鑑セット及び呉服についての販売価格五万円とする通常の売買契約の部分は有効であるが、右金銭配当契約の部分については、無限連鎖講を禁止した法の趣旨に反する極めて射倖性の強い反社会的な契約というべきであるから、この部分は公序良俗に反する無効なものと認めるのが相当である。
第一審原告は、契約は全体として無効であると主張するが、右通常の売買契約の部分については、現実に同原告が貴晶から右各商品の引渡を受けており、しかも右各商品はその商品本来の用途に従って同原告において使用しうるもので、対価としても五万円は相当である以上、私法上有効なものと認めるべきである。
四 本件各立替払契約の効力について
1 貴晶と第一審原告間の本件契約中、通常の売買契約の部分が有効である以上、右通常の売買契約部分の代金支払を目的とした第一審被告と第一審原告間の本件立替払契約の部分が有効であることは論を俟たない。
2 そして貴晶と第一審原告間の前記契約中、金銭配当契約部分は、公序良俗に反して無効であるから、第一審被告においてその事実を知りながら、右無効な契約の履行(立替払)を目的として立替払契約を締結した場合は、右立替払契約は、公序良俗に反する金銭配当契約の履行を支持・助長することになって、それ自体公序良俗違反性を帯び、これも無効とすべきものである。
第一審被告は、貴晶・購入者間の売買契約と、第一審被告・購入者間の立替払契約は、主体の異なる別個の契約である旨主張するが、右のような場合にまで、前者を無効としながら、後者を有効とし、その権利行使を容認すれば、結局公序良俗に反する前者の契約の効果を実現・享受せしめることとなって、その結果は民法九〇条の趣旨に反することになるから、契約としては別個であっても、後者の契約につき反公序性の主張をすることは許されるというべきである。
第一審被告は更に、本件各立替払契約には「商品の瑕疵故障等については、購入者と販売店との間で処理されるものとし、購入者はこれを理由に第一審被告に対する支払を拒めない」旨のいわゆる抗弁権の切断条項がある旨主張し、前記乙第一・四号証によると、本件各契約書第八条には右趣旨の条項があることが認められる。しかしながら、右条項を、貴晶と購入者間の契約が法によって禁止された公序良俗に反する無効のものであっても、そのことを知りながらなしたその契約の履行(立替払)を目的とする契約については、購入者は無効を主張しない旨の特約とするならば、結局反公序性の契約を容認し、その効果を実現せしめるための特約ということになり、その特約自体の反公序性が問われなければならない。そして公序良俗に反する契約について、当事者間で、公序良俗に反する旨の主張はしない旨の特約を付加しても、その特約自体が公序良俗に反し無効とすべきことは自明の理であるから、その趣旨で右抗弁権切断の条項は無効というべく、第一審被告の主張は採用できない。
3 第一審被告は、貴晶がいわゆるネズミ講的商法を行っていたことは知らなかった旨主張する。そして本件の場合、立替払契約が無効であるというためには、(1)基本の金銭配当契約が公序良俗に反し無効であること、(2)その契約の直接の履行を目的とした立替払契約であること、換言すれば、右無効な金銭配当契約上の債務(ネズミ講の掛金支払)を第一審被告が第一審原告に代って立替支払することが契約目的となっていること、少くともそのことが表示された動機となっていることを要するところ、右(2)の点は、第一審被告が本件立替払契約を締結する際、貴晶と第一審原告間の本件売買契約がいわゆるネズミ講の実態を有することを認識していたか否かにかかる、換言すれば、悪意で立替払をする点に、立替払契約自体の反公序性が見出されるというべきである。なお、この場合基本契約が公序良俗に反する実態を有することを事実として認識していれば足り、特定の法規に触れることまでは知る必要はないと解されるから、以下かかる観点から、第一審被告が本件金銭配当契約の実態を知っていたか否かにつき判断する。
《証拠省略》(葛原憲二の司法警察員に対する供述調書)には同人が右実態は知らなかった旨の記載があり、原審及び当審証人葛原憲二、原審証人坂野伸子も同趣旨の証言をしている。しかし、当審証人高橋季男(貴晶の代表者)は、昭和五七年七月葛原所長に対して、前記二の2の(一)(二)記載の貴晶の商法の内容を説明したと証言しているし、原審証人織田紀江(福井県生活科学センター所属の福井県職員)も、葛原所長は昭和五八年一月三一日福井県生活科学センターにおいて、既に昭和五七年八月には五段階まで還元金が出るという貴晶の商法を知っていたと発言していた旨証言しているし、同センター所長も、原裁判所の調査嘱託に対する回答書のなかで、葛原所長は昭和五八年一月三一日、同年二月一八日同センターで行われた話し合いの席上、自分は昭和五七年七、八月頃から貴晶の商法の内容は知っていた旨発言したと回答している。しかも、前認定のとおり、葛原は、昭和五七年一一月一九日の新聞に貴晶の印鑑商法の問題点が報道され、顧問弁護士に相談して貴晶との取引を打切るように指導されたのに、依然として貴晶との取引を継続していたのであって、前記証拠によれば、葛原は、最初から前記認定の貴晶の商法の内容を知りながら、安易に貴晶との間で加盟店契約を締結し、商品購入者との間で立替払契約を締結していたことが認められる。すると、第一審被告は、本件売買契約中に金銭配当契約の部分が包含されていること、そして、それがネズミ講の実態を備えていることを事実として認識していたと認められるところ、右配当率の高さに照らせば、庶民の射倖心を著しくあおり、かつ、いずれは行き詰まるものであることを、一般の経済人として容易に判断し得たものというべく、第一審被告が、当時無限連鎖講の防止に関する法律があり、ネズミ講を開設・運営した者には刑事上の罰則が適用されることまでの詳細についての認識はなかったとしても、少くとも前記弊害を伴なう悪徳商法で社会的に受け容れられない契約である位の認識はあったと認められる。
すると、立替払の対象となる債務が無限連鎖型金銭配当契約上の債務であること、右金銭配当契約は公序良俗に反することを知って、これを契約目的とし、第一審被告において立替支払する旨を約した本件立替払契約部分は、前者の契約が公序良俗に反し無効である以上、ともに公序良俗に反し無効になるというべきである。
第一審被告は、貴晶が第一審被告に対し、金銭配当契約はしない旨確約した旨主張するが、そのような事実は認められず、また購入者に対し、個別に調査したが、金銭配当契約が付加されていたことは知り得なかった旨主張するが、第一審被告の当時の認識については前認定のとおりであって、右主張はいずれも採用できない。右主張に沿った前掲各証拠も採用し難い。
4 同被告は、更に、同原告は不当な利得を得ることを目的として本件各売買契約と立替払契約を締結したのであり、新たなシステム会の会員を募集できず不当な利得が得られなかったからといって、被害者と称し立替金の支払を拒むことは、著しく信義に反すると主張する。しかし、前記認定によると、同被告(福井営業所長の葛原)は、昭和五七年七月頃貴晶の代表者らから貴晶の商法の仕組みについて説明を受け、このようなネズミ講式契約は、結局は入会者の大多数が出資分以上の還元金の支払を受けられず、損害を蒙ることを知りながら、貴晶の商法に協力して加盟店契約を締結し、商品購入者(入会者)との間で立替払契約を締結したものであり、従来高橋個人と加盟店契約を締結していた当時は月一、二件の契約件数しかなかったのに、貴晶と加盟店契約を締結した後は毎月平均一〇〇件以上と飛躍的に契約件数が増大し、最終的には延べ約八五〇名もの多数の者が会員となって同被告と立替払契約を締結するに至ったのであるから、これら事情に照らすと、発端は貴晶にあるが、貴晶の考えた営業方法は、第一審被告と連携することによって拡大し、購入者側からいうと、両社が連携していたため、買い易く、そのため、たやすく貴晶の商法に引っ掛った、ないしは甘言に乗ぜられたということになる。そして第一審被告は、貴晶の営業遂行にとって協力者の立場にあるばかりか、貴晶から七パーセント、購入者から一三パーセント合計二〇パーセント、一商品当り三万六〇〇〇円の手数料収入を得ることができ、約八五〇件の立替払契約の手数料総額は、計算上は三〇〇〇万円以上に達するのであって、第一審被告こそ被害者である旨の同被告の主張は採用し難く、結局同被告は、きわめて射倖性の強い反社会的な貴晶の営業遂行に協力し、もってこれを助長し、自らも利益を得るべく企図したというべきである。従って、購入者である第一審原告が配当金目当てで契約したとしても、それは貴晶や第一審被告らの右営業活動の成果であり、射倖心をあおられた結果であって、その原因は右両社にあり、従って、当初配当金を得る目的で契約を締結しながら、その後に至って立替払金の支払を拒むことになっても、信義則に反するものとは認められない。
5 第一審被告は、昭和五八年以降同被告と貴晶との取引を完全に解消しなかったのは、問題解決のためであった旨主張するが、取引を継続すれば新たな被害者が生まれることは明らかであって、なんら問題解決となるものではなく、右主張はとうてい採用できない。
6 以上の次第で、本件各立替払契約は商品の通常の販売価格五万円及び手数料六五〇〇円(本件各立替払契約では立替金一八万円について手数料を二万三四〇〇円と定めていたから、立替金が五万円であれば、その手数料は按分により六五〇〇円となる)の限度で有効であると認められる。そして、第一審原告は第一審被告に対し、昭和五七年九月一八日付立替払契約分については六万二〇〇〇円支払い、昭和五八年一月五日付立替払契約分については三万一七〇〇円支払ったのであるから、前者の契約に基づく債務は存在せず、後者の契約に基づく債務は、立替払金残等二万四八〇〇円、及びこれに対する最終支払期日の翌日である昭和五九年九月七日から完済まで年二九・二パーセントの割合による約定の遅延損害金の支払義務がある。
五 結論
すると、第一審原告の本訴請求は、昭和五七年九月一八日付契約に基づく立替払債務の不存在確認を求める部分と、昭和五八年一月五日付契約に基づく立替払債務が、金二万四八〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月七日から完済まで年二九・二パーセントの割合による金員を上回る部分について不存在であることの確認を求める部分につき理由があるが、その余は理由がなく棄却すべきであり、第一審被告の反訴請求は、金二万四八〇〇円及びこれに対する前同日から完済まで年二九・二パーセントの割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がなく棄却すべきである。よって、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 井垣敏生 紙浦健二)